【やさしく解説】シェンゲン協定
7月、モロッコからスペイン領セウタに、約7万2000人もの移民が流入した(写真:ロイター/アフロ)
2026年7月末、北アフリカのモロッコ北部で異様な光景が広がりました。大勢の人々が海岸や道路を埋め尽くし、一斉にスペイン領セウタを目指したのです。海を泳いだり、防波堤を回り込んだりしてスペイン側へ入る人もいました。流入した人は約7万2000人。多くはその後、モロッコ側に戻ったものの、8月7日時点で1300人を超える未成年者がセウタに残っていると報じられています。
なぜ、これほど多くの人がスペインを目指したのでしょうか。背景には経済的な困窮などさまざまな事情がありますが、このニュースを理解するうえで重要なキーワードが「国境なき欧州」を目指すシェンゲン協定です。その誕生の経緯や移民問題における役割をわかりやすく解説します。
パスポートなしで国境を越えるシェンゲン圏
欧州を旅行したことがある人なら、不思議に感じたことがあるかもしれません。例えば、フランスからドイツへ車で移動しても、出入国審査はありません。列車なら、いつ国境を越えたのか気づかないことさえあります。
これを可能にしているのがシェンゲン協定に基づく「シェンゲン圏」の存在です。
これの原点は1985年にさかのぼります。フランス、西ドイツ、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクの5カ国が、ルクセンブルクの小さな町シェンゲンの近くで協定に署名しました。目標は極めて大胆で、その内容は「域内の国境検査をなくす」というものでした。
1990年には具体的な運用方法を定めたシェンゲン実施条約が署名され、1995年に実際の国境検査撤廃がスタートしました。その後、制度は拡大し、1997年のアムステルダム条約を経て欧州連合(EU)の法体系に組み込まれていきます。
現在のシェンゲン圏は29カ国です。EU加盟27カ国のうち25カ国が加わっているほか、EU未加盟のノルウェー、アイスランド、スイス、リヒテンシュタインも参加しています。EU加盟国ではアイルランドがシェンゲン圏外で、キプロスでは域内国境検査がまだ完全には撤廃されていません。
このように「EU」と「シェンゲン圏」はイコールではありません。前者は政治・経済の統合体、後者は人の移動管理を共通化する仕組みです。そのため、非EU国でありながら参加する国もあれば、EU加盟国でありながら完全参加していない国も存在します。
シェンゲンの仕組みには、一見すると矛盾があります。国境をなくす制度でありながら、実は国境管理が非常に重要なのです。どういうことでしょうか。
EUのシェンゲン国境規則は、国境を大きく2つに分けています。1つは、加盟国同士の境界である「内部国境」。いったん圏内へ入った人は原則として国境検査を受けずに別の加盟国へ移動できます。もう1つは、シェンゲン圏と域外を隔てる「外部国境」であり、そこではFRONTEXと呼ばれる欧州国境沿岸警備機関が、共通ルールに基づいて入国審査を行っています。
端的に言えば、「内側の国境を薄くする代わりに、外側の国境をしっかり管理する」という仕組みが、シェンゲンの基本構造なのです。
例えば、フランスとドイツの国境で検査をなくすには、スペイン、イタリア、ギリシャ、ポーランドなどが管理する「ヨーロッパの入口」を各国が信頼できなければなりません。スペインの外部国境管理は、スペインだけの問題ではないのです。


